龍子の扉


龍子は、中谷吉隆の俳号です。

写真家 中谷吉隆 伝えたい昭和 写真、エッセイを通して時代を綴る

私の選んだ人〜おスタちゃんから島津貴子へ ─その弐─

相変わらずマスコミの注目を浴びながら、サラリーマンの久永さんとの生活をしていた貴子さんだが、二人にとって嬉しい長男禎久(よしひさ)君が誕生したのは結婚2年目の昭和37(1962)年4月だった。またまた育児などにマスコミの取材攻勢が始まるが、子供の成長に関しては、そっと見守りたいという信念から取材には応じなかった。禎久君は西町インターナショナル・スクールから啓明学園で学び、昭和50(1975)年、久永さんのオーストラリア転勤にともない両親とシドニーに渡り5年間滞在し、グランブルック・スクールを卒業する。その後、アメリカ、マサチューセッツ州のハンプシャー・カレッジでフォトグラフィーとビジュアル・アーツを専攻する。

こちらも昭和38(1963)年の南米大陸取材を始めとし、昭和39年は東京オリンピックの取材で明け暮れ、昭和42年から47年にかけては、毎年海外取材に出かけるようになり、外国から戻るとたまに自宅に伺ったり、電話で近況報告をする程度で、以前のようにお二人にカメラを向けるのは、ほんの少しのことだった。

その頃のクリスマスと新年挨拶を兼ねたグリーティングカードには、禎久君の撮影した風景写真が飾っていた。そんなある日、お二人から禎久君が真剣に写真家を目指しているが、どうしたものかとの相談を受ける。昭和57(1982)年5月のことで、12月クリスマス休暇で帰国した禎久君と合い、これまで彼が撮っていた写真(主に外国での風景写真だった)を見ながら、どんな写真家を目指しているのかの意見を聞き、あれこれと話した。私は丁度ラグビーの写真を写真展と写真集にまとめるための最終仕上げの取材で駆け回っていたので、しばらくアシスタントを務めてくれた。そういった時間の合間を縫って、写真家の何かを話したのだった。

どう理解できたかは不明だったが、写真家としてスタートするには、自分なりのテーマを持って写真に取り組み、個展やできれば写真集にまとめることの大事さを何度も口にしておいた。

何年か経ち、自分のテーマがなんとなく見えてきたのでイギリスへ行くと旅立った。そして平成4(1992)年4月末、モノクロにプリントされた8×10の写真と英語で書かれたテキストを抱えて、事務所へやってきた。イギリスのホスピスを取材したもので、患者に対する彼のまなざしの優しさとカメラワークに感動し、これはぜひとも写真展、写真集にまとめたいと思った。

『充たされた日々―イギリスのホスピスを訪ねて』が、出版され、写真展にも結び付き、写真家としてデビューしたのは、1993年である。次回に詳しく述べたい。

私の何度目かの写真展『黒の墓標』を東京銀座のニコンサロンで開いた。貴子さんは多忙の中、初日に顔を見せてくれた。(1973年4月)
私の何度目かの写真展『黒の墓標』を東京銀座のニコンサロンで開いた。貴子さんは多忙の中、初日に顔を見せてくれた。(1973年4月)
丁度、東京新聞時代の上司で、当時総理官邸写真室の初代室長をしていた石井幸之助(写真左)さんが会場に居合わせた。1953年に兄皇太子殿下(現天皇陛下)が、イギリスのエリザベス2世の女王戴冠式に出席のため渡英する。その折随行取材をし横浜からの船内で殿下と将棋を楽しんだなどのエピソードを貴子さんに披露した。横で緊張の面持ちで拝聴する中谷。(1973年4月)
丁度、東京新聞時代の上司で、当時総理官邸写真室の初代室長をしていた石井幸之助(写真左)さんが会場に居合わせた。1953年に兄皇太子殿下(現天皇陛下)が、イギリスのエリザベス2世の女王戴冠式に出席のため渡英する。その折随行取材をし横浜からの船内で殿下と将棋を楽しんだなどのエピソードを貴子さんに披露した。横で緊張の面持ちで拝聴する中谷。(1973年4月)
お二人の結婚15周年を記念して、高輪のホテルでパーティが開かれた。なかなかのスタイリストぶりである。(1975年10月撮影)
お二人の結婚15周年を記念して、高輪のホテルでパーティが開かれた。なかなかのスタイリストぶりである。(1975年10月撮影)
パーティは、マスコミをシャット・アウトして、ごく親しい方々が集まり、お祝いをした。席上でダンスを楽しまれる貴子さん。(1975年10月撮影)
パーティは、マスコミをシャット・アウトして、ごく親しい方々が集まり、お祝いをした。席上でダンスを楽しまれる貴子さん。(1975年10月撮影)
銀婚式を迎えたお二人。そのパーティを某週刊誌が嗅ぎつけ、カメラマンを忍び込ませたが、丁寧にお引き取り願った。(1985年3月、高輪のホテルで撮影)
銀婚式を迎えたお二人。そのパーティを某週刊誌が嗅ぎつけ、カメラマンを忍び込ませたが、丁寧にお引き取り願った。(1985年3月、高輪のホテルで撮影)
禎久君の労作、『充たされた日々―イギリスのホスピスを訪ねて』が、1993年池田出版より上梓された。
禎久君の労作、『充たされた日々―イギリスのホスピスを訪ねて』が、1993年池田出版より上梓された。

ご案内・・・・・・・・・
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info@nakatani-photohaiku.com

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