龍子の扉


龍子は、中谷吉隆の俳号です。

写真家 中谷吉隆 伝えたい昭和 写真、エッセイを通して時代を綴る

私の選んだ人〜おスタちゃんの結婚 ─その壱─

昭和33(1958)年11月27日、宮内庁から皇太子妃として民間人の正田美智子さんが発表され、当日の記者会見で皇太子殿下の印象を問われ、「とても清潔なお方」、「とても誠実でご立派な方」と美智子さんは語り、ミッチー・ブームを巻き起こし、この言葉は流行語となった。そして、昭和34(1959)年4月10日の結婚の儀を待つばかりとなる。

必然的と言うか、国民の皇室関係への話題、関心事は、「おスタちゃん」という愛称で国民に親しまれていた清宮貴子(すがのみやたかこ)内親王の結婚問題に移っていった。20歳の成人を迎えようとしていて、各マスコミは宮内庁関係者や学習院時代のご学友などにいろんなアンテナを張り巡らせ、どんな方と結婚されるのかの取材合戦が始まった。特に女性誌は熱心だった。

昭和34(1959)年3月2日、20歳となり、その記者会見で好きな男性タイプの質問に、「私の選んだ人を見て下さい」と答え、その機智にあふれる応答に、皇室係のベテラン記者たちは、完全に頭を下げたが、この「私の選んだ人」が、当日のラジオのニュースで放送されるや、すぐさま流行語となった。そして3月19日、毎日新聞が「私の選んだ人」が、日本輸出入銀行に勤めるサラリーマンの島津久永氏であることをスクープしたのだった。

島津久永氏の父上は旧佐土原藩主で伯爵、母上は子爵の家柄。学習院大学では皇太子殿下と同級である。
二人の婚約が発表され、皇室から民間人となる清宮貴子内親王であるが、閉ざされた「菊のカーテン」の皇居から、これまでは一歩外出するとなると、必ず警護の皇宮警察官に守られていた生活であったわけで、結婚後は、一サラリーマンの妻としてどういう生活が待っているのか、不安は大きかったと思うが、持ち前の抜群な行動力とセンスの良さで国民からは絶大な人気を得ていたわけで、結婚後の動向に国民の目は集まった。

私は結婚後の島津家と今日まで続く深い関わりを持つことになるが、詳しくは後述したい。

結婚式は、昭和35(1960)年3月10日、東京の高輪光輪閣で行われた。婚姻届の妻の欄には「貴子内親王」と書かれていたが、この日から、「おスタちゃん」は島津貴子さんとなったのである。

「おスタちゃん」の愛称で親しまれていた清宮貴子内親王が、3月に20歳の成人を迎えることで、マスコミの取材も活発となり、なにかにつけ私も撮らされ、いつの間にか皇室係となっていた。(週刊東京1959年3月7日号の表紙、1959年2月撮影)
「おスタちゃん」の愛称で親しまれていた清宮貴子内親王が、3月に20歳の成人を迎えることで、マスコミの取材も活発となり、なにかにつけ私も撮らされ、いつの間にか皇室係となっていた。(週刊東京1959年3月7日号の表紙、1959年2月撮影)
皇太子殿下と正田美智子さんの婚約発表後、初めてお二人のテニス姿がマスコミに公開され、清宮貴子内親王も一緒にテニスを楽しんだ。美智子さんにボールを渡す「おスタちゃん」。(1958年12月6日麻布ローンテニスクラブで撮影)
皇太子殿下と正田美智子さんの婚約発表後、初めてお二人のテニス姿がマスコミに公開され、清宮貴子内親王も一緒にテニスを楽しんだ。美智子さんにボールを渡す「おスタちゃん」。(1958年12月6日麻布ローンテニスクラブで撮影)
運動神経やファッションスタイルのセンスは抜群だった。(1958年12月6日麻布ローンテニスクラブで撮影)
運動神経やファッションスタイルのセンスは抜群だった。(1958年12月6日麻布ローンテニスクラブで撮影)
志賀高原でスキーを楽しむ清宮貴子内親王。(1959年1月撮影)
志賀高原でスキーを楽しむ清宮貴子内親王。(1959年1月撮影)
兄皇太子殿下らとテニスに興じるときの笑顔。(1959年2月撮影)
兄皇太子殿下らとテニスに興じるときの笑顔。(1959年2月撮影)
テニスの試合が終わってのひとコマ、右端が「おスタちゃん」。(1959年2月撮影)
テニスの試合が終わってのひとコマ、右端が「おスタちゃん」。(1959年2月撮影)
結婚を控え、久永氏の母上久子さんとデパートで買い物。居合わせた買い物客らは興味津々で取り巻いていた。(1960年2月東京便座のデパートで撮影)
結婚を控え、久永氏の母上久子さんとデパートで買い物。居合わせた買い物客らは興味津々で取り巻いていた。(1960年2月東京便座のデパートで撮影)
昭和35(1960)年3月10日、結婚式を終え、自宅となる東京・上野毛に到着。玄間前で、TVのライトに照らされる二人。(1960年3月10日撮影)
昭和35(1960)年3月10日、結婚式を終え、自宅となる東京・上野毛に到着。玄間前で、TVのライトに照らされる二人。(1960年3月10日撮影)

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