龍子の扉


龍子は、中谷吉隆の俳号です。

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中谷取材ノート ―江利チエミと高倉健の結婚―

江利チエミと高倉健の結婚

東京下町に生まれ、父は音楽家、母は少女歌劇出身という家庭に育った江利チエミさん。だが経済的には裕福な状態ではなく、家計を支えるため進駐軍のキャンプ回りを始めたのは昭和24(1949)年、12歳。そのキャンプ巡りでドリス・ディの『アゲイン』などを習得してジャズへの志向性を高め、後に大の仲良しとなる美空ひばり以来の天才少女出現と騒がれ、『テネシー・ワルツ』でジャズ歌手としてメジャーデビューしたのは、昭和27年で15歳である。

翌年にはアメリカのレコード会社に招かれ、日本人歌手初の快挙となるレコーディングを果たし、全米でのヒットチャートにランキングされる。雪村いずみはデビューしたばかりだったが、美空ひばり、江利チエミの三人は同年で、「三人娘」として、音楽、映画、舞台などの芸能界を賑わすが、そんな絶頂期にゲスト出演した東映映画で共演が縁で俳優高倉健さんと結ばれたのは昭和34年である。

二人を祝うホテルでの披露宴には500人の音楽、映画、舞台関係者が出席して当時の芸能界の結婚としては賑々しいものだった。報道関係者も百数十人と、私もカメラマンの一人として二人の晴れやかで、幸せいっぱいの姿を伝えるべく取材した。

白無垢に文金高島田姿の初々しいチエミさんは、日ごろの茶目っ気ぶりもなく、大きな目をパチクリさせ緊張した面持ちだったが、二人の間には幸せ感があふれていた。披露宴終了の夜、羽田空港から、ハワイ、アメリカに二週間の新婚旅行に出向いたが、フィンガー(送迎デッキ)には多くのファンが詰めかけ二人の門出を祝福していた。

その後、歌手、俳優、舞台、TVなどなどで大活躍するが、愛する健さんとの離婚があり、昭和57年に45歳で急逝。波瀾万丈の45年だった。私も同い年でその活躍を見続けていただけに、逝去の報には痛ましい心持だった。

昭和34(1959)年2月16日 帝国ホテルで披露宴終了後に撮影。(左から仲良しの中村メイコ、淡路恵子、美空ひばり。ひとり置いてチエミと健さん)

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